『エルサレム解放』 タッソ
タッソ エルサレム解放 (岩波文庫)タッソ エルサレム解放 (岩波文庫)
(2010/04/17)
トルクァート・タッソ

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エルサレム解放 Gerusalemme liberata
タッソ:著 Torquato Tasso  イタリア
A.ジュリアーニ:編 Alfredo Giuliani
鷲平京子:訳
岩波書店(岩波文庫)

史実では1099年にエルサレム攻囲戦が行われ、キリスト教徒軍がイスラム教徒軍を破り、エルサレムを奪取した。
本作『エルサレム解放』は、この史実をベースにして、さまざまな架空の人物を登場させ、天使と悪魔の対決、魔術、妖精などの要素を加えた一大叙事詩となっている。

キリスト教徒軍の総大将はゴッフレード。
彼は冷静沈着で、常に過つことのない判断で全軍を指揮する。
タンクレーディは勇敢な騎士であるが、イスラム教徒軍の女騎士クロリンダに一目惚れしてしまい、苦悩している。
そして名誉への気迫にあふれたリナルドがいる。

それに対してイスラム教徒軍には先ほど名前の出てきたクロリンダ、それにアルガンテという二大騎士が獅子奮迅の活躍を見せている。
彼らの陣営にはイズメーノ、アルミーダなどの魔術師、妖術師が控えている。

終始押され気味なキリスト教徒軍だが、どのような作戦でエルサレムを攻略するのか。
タンクレーディのクロリンダへの恋は成就するのか。
など読者を物語世界に引きずり込む力は非常に強かった。

実はこの岩波文庫版はタッソによる作品の全訳ではない。
1970年にイタリアのエイナウディ社が『エルサレム解放』の内容を3分の1ほどに縮小し、物語の流れをジュリアーニによる語りで埋めたものとなっている。
このストーリー説明の部分は思っていた以上に迫力があり、スピーディーで本体の叙事詩の勢いをそぐことなく書かれているので、特に不満を感じることはなかったが、しかしどうせならタッソ本来の作品の完訳を読んでみたくなる。

さて、読みながらも頭に浮かんでいたのはアリオストの『狂えるオルランド』のこと。
あまりに似通ったエピソードや、モチーフが登場するので否が応にも思い出されてしまう。
タンクレーディとクロリンダはルッジェーロとブラダマンテという異教徒同士の恋愛を思い起こさせるし、アルガンテというイスラム教徒側の騎士は、ロドモンテを彷彿させる。

しかし『狂えるオルランド』と比較するとストーリー、登場人物ともに小粒の感が否めない。
これはもちろん全体的なボリュームの違いにもよることとは思われるが、それにしても人間が小さく、無個性に見える。
それは度々神や天使、悪魔や魔術が登場することに関係しているのかもしれない。
超自然的な存在が後ろで手を引いているものだから、人間はその操り人形のように見える。
それに対して、『狂えるオルランド』では、オルランドは妖婦アンジェリカに失恋し発狂し、ロドモンテは悪鬼の如く市民を殺害し、ルッジェーロとブラダマンテは愛しあっていながら引き裂かれヨーロッパ中を遍歴する。
それぞれの登場人物が強烈な個性を放ち、各人の物語が進行しながら二つの軍隊の衝突が描かれている。

などと言いつつも本作をとても愉しく読んだのも事実。
『狂るオルランド』があまりに壮大で、完成されているので、比較すると瑕のように見えてしまうが、もし完全版が翻訳されたら、すぐにでも再読したいと思っている。

この叙事詩の夢のなかでは、英雄は誰しも、おのれを見出すためにはいったん、おのれを見失わねばならないのである。

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『愛神の戯れ』 トルクァート・タッソ
愛神の戯れ――牧神劇『アミンタ』 (岩波文庫)愛神の戯れ――牧神劇『アミンタ』 (岩波文庫)
(1987/05/18)
トルクァート・タッソ

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愛神の戯れ 
トルクァート・タッソ Torquato Tasso
鷲平京子:訳
岩波書店(岩波文庫)

ニンフのシルヴィアに恋をしてしまった牧人アミンタ。
しかしシルヴィアは決して彼の愛情に応えようとはしない。
シルヴィア、アミンタのそれぞれの友人もこの恋を成就させようと努力するのだが。

ストーリーが分かりやすく、展開も早い恋の物語ということで、劇として見るには楽しい娯楽だったのかもしれない。
幕間劇、コロス(合唱隊)の登場など、途中途中で変化をつけるのも、飽きさせないためだろう。
それにしても、シルヴィアとアミンタの友人たちが考えた、恋の成就の方法というのがこれまた力技で驚かされた。
500年近く前の作品ともなると、女性の地位はこれほどまでに貶められているものなのか。

この『愛神の戯れ』が書かれるより数十年前、アリオストが『狂えるオルランド』にエステ家の起源を描くことで、パトロンへのリップサービスを行ったが、この作品でもエステ家に関する描写が現れ、賞賛の言葉が述べられれている。
当時の芸術家がいかにして日々の糧を得ていたのか偲ばれる。

『愛神の戯れ』というのは邦訳した際の意訳とのことだが、その名のイメージ通りの作品だった。
『エルサレム解放』のような一大叙事詩とは比べるべくもないが、小気味良い劇作ではある。

ティルシ:愛を避ける男は美神の悦楽を
      棄てているのではなく、苦さのない
      愛の甘さだけを集めて味わっているのだ。

ダーフネ:多少の苦さが加味されていない甘さなんて、
      つまらなくてすぐに飽きてしまうわ。

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